1960(昭和35)年9月26日、第35代アメリカ大統領選に向けて、候補者の
- ジョン・F・ケネディ氏
- リチャード・ニクソン氏
の間で、史上初のテレビ討論が行われました。
それまで有権者はラジオを通して演説を聞いており、落ち着いた口調のニクソン氏の方が有利との見方が大方でした。
しかし、テレビ討論当日、ニクソン氏は風邪気味だったこともあり暗い表情に終始。。
一方、若く勇ましいケネディ氏の討論テレビで見た有権者は、一気に
ケネディ氏支持
に傾いたそう。
結果として、テレビ討論での抜群の好印象が、ケネディ氏を大統領選有利にした一因とみなされるまでになりました。その影響の大きさから、以後の
- 大統領選挙戦
- 各政党の大統領候補者選び
- 州知事選挙戦
などなど、有権者の支持獲得のため積極的にテレビ討論が用いられることとなりました。
テレビ討論会
1960年9月26日に大統領選挙では初めて大統領候補者同士のテレビ討論が行われ、この日から合計4回実施された。その模様はテレビで全米に放送され、約7,000万人の米国民が見ることとなり大統領選挙に大きな影響を与えた。ケネディは知名度では現職の副大統領であるニクソンに劣っており、テレビ討論の直前に行われた支持率調査でもニクソンの支持率が優っていた。選挙後に出版された多くの書物内ではテレビ討論会がケネディがニクソンに勝利した原因であるとされている。
ケネディの好印象の理由の一つは、彼が着ていたスーツの色と言われる。演説のとき、ケネディは濃い色のものを、それに対してニクソンは薄い色のものを着ていた。当時のモノクロテレビに映しだされた画面では、ケネディは濃い色で力強く見え、反対にニクソンは薄いグレーの色で、印象が弱く見えたとされている。後にラジオで討論を聞いていた人は「(討論内容だけ聞く限りでは)ニクソンが勝った」という意見が多く、テレビで討論を見た人は「ケネディが勝った」という意見が多かった。ケネディは俳優のピーター・ローフォードのアドバイスを受けて、綿密にテレビ用のメーキャップをしたうえに、持病の治療のために服用した薬の副作用で肌の色が浅黒くなったために「日焼けしたスポーツマン」に見えた。それに比べ、ニクソンは直前に病気をしたため、病み上がりで顔色が悪かったにもかかわらず、「議論の内容が重要である」と言ってメーキャップを断り、さらに選挙戦の疲れも相まってやつれて見えた。さらに、照明の暑さから何度も汗をぬぐう場面もあり、これが有権者からは焦っている仕草とみられてしまった。これ以降、大統領選では両党の候補者によるテレビ討論会を行うことと、さらにメーキャップを行うことが定着化している。
テレビ討論会が結果として選挙戦の大きな分水嶺になったことは、ケネディにとって2つの重要な意味があったとされている。第1はテレビを通じて生き生きとしたイメージを有権者に伝えたこと、第2は討論を通じて弁論の巧みさを示して有権者を魅了したことで、この討論会でケネディはニクソンをリードしたことになった。当選後の11月12日にケネディは「運命の分かれ目を決めたのは、何よりもテレビ討論会であった」と語っている。
TNC:172 Kennedy-Nixon First Presidential Debate, 1960