東京商工会議所渋谷支部の「シブヤ散歩会議」が制定。
日付は「て(10)く(9)てく」と読む語呂合わせから。「てくてく」は散歩の時の歩くイメージを想起したもの。散歩を通じて広域の渋谷圏の魅力を発信することが目的。記念日は2015年(平成27年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
明治期の渋谷には小説家・国木田独歩(くにきだ どっぽ、1871~1908年)の住まいがあり、そこで著された小説『武蔵野』(1901年)にも「散歩」という言葉が登場するなど渋谷は散歩と縁が深い。目的地を定めずに好奇心を持って、てくてく街歩きを楽しむ「散歩」は街の新たな発見にもつながる。
「シブヤ」という言葉は、単純に渋谷駅周辺を指すのではなく、渋谷区や近隣の地域を含めた広域渋谷圏を指す。シブヤには渋谷ヒカリエや109などの誰もが知っているランドマークだけでなく、区内の各地域に多くの路面店や特色のある商店街、歴史・文化的施設、公園等の緑など、「てくてく」または「ぶらぶら」歩く「散歩」を楽しむことのできる魅力があふれている。
散歩とは
散歩とは、気晴らしや健康などのために、ぶらぶらと歩くことである。散歩というのは、多くの場合、自宅や滞在している場所などの周辺を、とりとめもなく、ぶらぶらと歩くことを言う。
「散歩」というのは、健康増進を明確な目的とした近年「ウォーキング」と呼ばれる行為と重なる部分はあるが、「散歩」のほうは、ただの気晴らし目的がありうる、という点でそれとは異なった概念である。また「ハイキング」とも用法が異なる。
散歩をする理由は、人により、またその時々の状況により、さまざまである。辞書の説明文に「気晴らし」とも挙げてあるように、例えば、自宅の部屋に籠って仕事をしていて「根を詰め」がちな人などの場合は、「散歩」として、部屋から出ることで、ひととき仕事のことも忘れることができ、良い気晴らし(ストレスの発散)になるので散歩をする人もいる。また、散歩中に触れたり見たり、聞いたり、匂いを感じたりできる自然(木々、花々、植栽、鳥とそのさえずり 等々)が好きで、明るい気持ちになるので散歩する人もいる。散歩経路の途中にある公園、神社仏閣を楽しむ人もいるし、家並みや、店舗のウィンドウなどをなんとなく眺めて楽しむ人もいる。散歩中に偶然出会う人と会話(コミュニケーション)を楽しむ人もいる。建物の中に籠っていると、脚の運動が足りなくなりがちで、脚が弱りがちなので、ともかく脚を使うために散歩する人もいる。屋外の新鮮な空気を吸うために散歩する人もいる。
肥満の防止のために散歩をする人もいる。特に心肺機能の衰えが出始めた高齢者や病み上がりの人、あるいは循環器系障害のある人の健康維持に、散歩を勧める医療関係者もいるし、適度な散歩は睡眠をうながす作用もあるとして不眠症に悩む人に散歩が勧められることもあり、そうしたアドバイスに従って散歩をしている人もいる。
散歩は、走らず行うことができ、ジョギングやランニングよりもひざへ負担が小さく、運動不足の人が無理をせず身体を動かすのに適している。万歩計をつけて数値で量を把握して楽しむ人もいる。
散歩と思索
アリストテレスは弟子たちと散歩しつつ語らうことを好んだといい、そこからアリストテレスのグループ(学派)は「逍遙学派」と呼ばれた。18-19世紀ドイツの数学者ガウスも散歩をしつつ数学について考えることを好み、さかんに歩きながら考え、すると良いアイディアが浮かんだ、という。思想家ジャン=ジャック・ルソーも散歩を好んだらしい。『孤独な散歩者の夢想』という題名の書も残した。京都には、散歩に適した「哲学の道」という小道があるが、かつて京都学派の哲学者、西田幾多郎や田辺元らが散策していたといい、現在でも周辺の大学の教員や学生たちが散歩をしつつ語らっている風景が見られることがある。