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5月11日今日は何の日?:長良川鵜飼い開きの日

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岐阜県長良川の「鵜飼い(うかい)」は5月11日から10月15日まで行われ、この日が初日にあたる。

鵜飼いとは、松明(たいまつ)の火で鮎(アユ)をおびき寄せ、飼いならした鵜を使って鮎を捕る伝統的な漁法である。その歴史は古く『日本書紀』『古事記』にも鵜飼いについての記載がある。鵜飼い漁で獲れる魚には傷がつかず、鵜の食道で一瞬にして気絶させるために鮮度を保つことができる。そのため、鵜飼い鮎は献上品として珍重されてきた。

鵜飼いは、日本や中国などで古くから行われていて、ヨーロッパでは16世紀から17世紀の間、イギリスとフランスの宮廷を中心に鵜飼いがスポーツとして行われていた。現在では漁業というより、観光業のショーとして行われることが多いが、約1300年前から行われている古典漁法をいまに伝えるものである。

長良川鵜飼いは、日本で唯一皇室御用の鵜飼いであり、長良川の鵜匠は正式名称を「宮内庁式部職鵜匠」といい、宮内庁の職員(国家公務員)である。宮内庁の御料場で行われる8回の鵜飼いは「御料鵜飼」と呼ばれ、獲れた鮎は皇居へ献上されるほか、明治神宮や伊勢神宮へも奉納される。

 

鵜飼いの歴史

鵜飼いの歴史は古く、『日本書紀』神武天皇の条に「梁を作つて魚を取る者有り、天皇これを問ふ。対へて曰く、臣はこれ苞苴擔の子と、此れ即ち阿太の養鵜部の始祖なり」と、鵜養部のことが見え、『古事記』にも鵜養のことを歌った歌謡が載っている。天皇の歌に「しまつとりうかひかとも」とある。また中国の史書『隋書』開皇二十年(600年)の条には、日本を訪れた隋使が見た変わった漁法として『以小環挂鸕鷀項、令入水捕魚、日得百餘頭』(小さな輪を鳥にかけ日に100匹は魚を捕る』と記されている。

5世紀末から6世紀前半に築造されたとされる群馬県の保渡田八幡塚古墳では、頸に紐を巻きつけ嘴には魚をくわえた形状で鵜飼の様子を表現した「鵜形埴輪」が出土している。

日本では鵜飼は主要な鮎漁の形態である一方、平安時代には貴族や武士などの間で遊興として鵜飼見物が行われるようになった。

河渡 長柄川鵜飼 (木曽街道六十九次) 渓斎英泉作
岐阜県博物館所蔵

延喜年間(901年 – 923年)には長良川河畔に7戸の鵜飼があり、国司藤原利仁により鮎が献上された。そして、それを時の天皇が気に入り、方県郡七郷の地を鵜飼に要する篝松の料として賜り、鵜飼七郷と読んだ。

平治の乱で源頼朝が義朝と敗走する時、義朝とはぐれて長良川河畔をさまよい、鵜飼の長である白明の家に宿り、そこで食した鮎鮨の美味に飢えを癒した。建久3年(1192年)右大将として上洛する際、白明の子を呼び出して恩に報い、また毎年鮎鮨を鎌倉に送るよう命じた。

『和名抄』には美濃国方県郡の鵜飼が掲げられ、『集解釈別記』には鵜飼37戸とあり、『新撰美濃誌』には方県郡鵜飼の郷9箇村とある。文明年間(1469年 – 1486年)、一条兼良が美濃の正保寺に滞在し鵜飼を見物した記録がある。

永禄7年(1564年)、織田信長は長良川の鵜飼を見物し、鵜飼それぞれに鵜匠の名称を授け鷹匠と同様に遇し、1戸に禄米10俵を当て、給与した。

元和元年(1615年)徳川家康が鵜飼を見物し、石焼きの鮎に感賞して以来、江戸城に毎年鮎を献上するのが例となり、鵜匠21戸ごとに10両の扶持を給せられた。その献上の際には老中の三判証文を持って継ぎ立て、江戸まで2昼夜で送致した。その後、鵜飼は衰え、文化2年(1805年)には12戸となり、その12戸に毎年120石、532両2分を給与するとして、再び回復した。

明治維新で一時衰退したが、明治天皇の代にしばしば沙汰があり、大膳職に上納され、明治23年(1890年)から稲葉郡長良村古津その他武儀郡、郡上郡の各村で延長1471間を宮内省の鮎漁の御猟場に編入された。

切手の意匠にもなった。

  • 昭和28年(1953年)9月15日発売 100円普通切手
  • 昭和34年(1959年)9月25日発売 10円 耶馬日田英彦山国定公園 三隈川の鵜飼

 

漁法

鵜飼漁をする人を鵜使いまたは鵜匠(うしょう・うじょう)と呼ぶ。その装束は風折烏帽子、漁服、胸あて、腰蓑を身に着ける。

漁に用いるウの数は各地の鵜飼漁の規模や漁法によって異なる。例えば、徒歩鵜では鵜匠ごとに1羽ないし極数羽のウを操るが、小船を用いた一般的な鵜飼においては、1人の鵜匠が5羽から10羽程度のウを一度に操る、北斎の鵜飼図など昔の絵を見ると江戸時代は2羽から5羽程度のようである。期はおおむね晩春から初秋にかけてであり、鮎漁の解禁日にあわせて漁が始まることが多い。

鵜飼いでは、平底の小船の舳先で焚かれるかがり火が、照明のほかにアユを驚かせる役割を担っている。かがり火の光に驚き、動きが活発になったアユは、鱗がかがり火の光に反射することでウに捕えられる。ウののどには紐が巻かれており、ある大きさ以上のアユは完全に飲み込むことができなくなっており、鵜匠はそれを吐き出させて漁獲とする。紐の巻き加減によって漁獲するアユの大きさを決め、それより小さいアユはウの胃に入る。

しかし、鵜飼いの鵜にいつものどに紐をまいて漁をしていると鵜はだんだんやる気をなくしていってしまう。そのため、鵜匠は鵜にも休暇を与えることがある。(鵜飼と鵜の関係については、鵜でも記述)

鵜飼は通常5月半ばから10月半ばまでの満月の日以外に行われる。満月の日に行われないのは、かがり火に集まってくるアユが月明かりに惑わされるのを防ぐためである。日立市にあるウミウ捕獲場・鳥屋(とや)ウミウを捕獲するのに使うかぎ棒と捕らえたウミウを入れる籠

鵜飼いに使われるウはウミウであり、和歌山県有田市と島根県益田市を除く全国11か所すべての鵜飼は、茨城県日立市(旧十王町)の伊師浜海岸で捕獲されたウミウを使用している。ウミウの捕獲は、春と秋の年2回、鳥屋(とや)と呼ばれる海岸壁に設置されたコモ掛けの小屋で行われる。鳥屋の周りに放した囮のウミウにつられて近寄ってきたところを、鳥屋の中からかぎ棒と呼ばれる篠竹の先にかぎ針を付けた道具を出し、ウミウの足首を引っかけて鳥屋に引きずり込み捕らえる。

 

 

【岐阜市】長良川鵜飼の紹介

 

 

 

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