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6月18日今日は何の日?:考古学出発の日

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1877年(明治10年)のこの日、大森貝塚を発見・発掘したアメリカの動物学者、エドワード・S・モース博士が来日した。

1877年(明治10年)6月20日に、モース博士が汽車で横浜から新橋へ向かう途中に、貝殻が一帯に堆積しているのを発見し、その後博士主導のもと発掘調査が行われることとなりました。ちなみに、モース博士が行った調査が日本で初めて行われた科学的発掘調査とされており、

日本の考古学の出発点

となっていることから記念日に制定されております。

 

エドワード・S・モース博士

エドワード・シルヴェスター・モースEdward Sylvester Morse、1838年6月18日 – 1925年12月20日)は、アメリカの動物学者。標本採集に来日し、請われて東京大学のお雇い教授を2年務め、大学の社会的・国際的姿勢の確立に尽力した。大森貝塚を発掘し、日本の人類学、考古学の基礎をつくった。日本に初めて、ダーウィンの進化論を体系的に紹介した。名字の「モース」は「モールス」とも書かれる。

進化論の観点から腕足動物を研究対象に選び、1877年(明治10年)6月、腕足動物の種類が多く生息する日本に渡った。文部省に採集の了解を求めるため横浜駅から新橋駅へ向かう汽車の窓から、貝塚を発見。これが、後に彼によって日本初の発掘調査が行なわれる大森貝塚である。訪問先の文部省では、外山正一から東京大学の動物学・生理学教授への就任を請われた。江ノ島に臨海実験所を作ろうとも言われた。

翌7月、東大法理文学部の教授に就任。当時、新設なった東大の外国人教授の大半が研究実績も無い宣教師ばかりだったため、これに呆れたモースは彼らを放逐すると同時に、日本人講師と協力して専門知識を持つ外国人教授の来日に尽力。物理学の教授には、トマス・メンデンホールを、哲学の教授にはアーネスト・フェノロサを斡旋した。さらに、計2,500冊の図書を購入し、寄贈を受け、東大図書館の基礎を作った。

そして江ノ島の漁師小屋を『臨海実験所』に改造し、7月17日から8月29日まで採集した。9月12日、講義を始めた。9月16日、動物学科助手の松村任三や、生徒であった佐々木忠次郎、松浦佐用彦と大森貝塚を掘り始め、出土品の優品を教育博物館に展示した。9月24日、東大で進化論を講義し、10月、その公開講演もした。

大学での講義や研究の合間を縫って、東京各地を見物し、日光へ採集旅行もした。これらの間に、多くの民芸品や陶磁器を収集したほか、多数のスケッチを書き残した。

11月初め、一時帰国した。東大と外務省の了解を得て、大森貝塚の出土品の重複分を持ち帰ったが、この出土品をアメリカの博物館・大学へ寄贈し、その見返りにアメリカの資料を東大に寄贈して貰うという、国際交流を実行した。

 

大森貝塚

 

1877年(明治10年)6月17日に横浜に上陸したアメリカ人の動物学者・エドワード・S・モースが、6月19日に横浜から新橋へ向かう途中、大森駅を過ぎてから直ぐの崖に貝殻が積み重なっているのを列車の窓から発見し、政府の許可を得た上9月16日に発掘調査を行った。助手ら3人とともに土器、骨器、獣骨を発見し、9月29日にも訪れ、10月9日から本格的な発掘を行った。

1955年(昭和30年)3月24日には、国の史跡に指定された。モースらの発掘した貝殻、土器、土偶、石斧、石鏃、鹿・鯨の骨片、人骨片などの出土品は東京大学に保管されており、1975年(昭和50年)に全て国の重要文化財に指定されている。

 

大森貝塚の発掘には、モースの他に、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトの次男であるハインリヒ・フォン・シーボルトが関わっている。ハインリヒは、考古学に精通していたが、学者ではなく外交官(通訳官)であった。

ハインリヒは、大森貝塚の発見を彼の師であるコペンハーゲン国立博物館館長J.A.ウォルソーに報告(1878年(明治11年)7月20日)しており、この報告によればハインリヒの大森貝塚発掘は、その前年の1877年秋、モースの発掘の前に行われた可能性がある。

モースとハインリヒは、第一発見者の功を争っており、少なくともモースは後に『日本その日その日』として翻訳された、モース自身の日本滞在の回想記『Japan Day By Day』において、「発掘調査開始にあたって誰かに先を越されることが心配だった」と述べている。

モースは1877年(明治10年)9月16日に1回目の調査を行うと、『ネイチャー』1877年11月29日号に、同年9月21日付として自身の大森貝塚発見の記事を投稿した。また、10月には東京大学が東京府に対して発掘調査の独占許可を要請し、この許可を得た。

一方でハインリヒも1878年1月31日号に自身が大森貝塚を発見したとの記事を寄せ、モースを激怒させた。

最終的には、モースが大森貝塚の報告書を1879年に出版したこと、ハインリヒの本業である外交官業務が多忙を極め考古学研究から遠ざかったことが決定打となり、ハインリヒの日本における考古学研究活動は終わっている。

ハインリヒに対しての研究は1996年(平成8年)に行われたシーボルト父子展、ハインリヒの没後100年の2008年(平成20年)に行われた各所での記念展において扱われた程度である。老練な研究者モースにハインリヒが挑んだこの研究論争によって、日本の考古学が飛躍的に発展を遂げた。ちなみに、日本において考古学という言葉を使い始めたのはこのハインリヒが出版した「考古説略」が始めであることは余り知られていない。

指紋捜査の研究は、大森貝塚から始まったものである。

 

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