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9月10日今日は何の日?:黒澤明監督映画「羅生門」が金獅子賞を獲得

投稿日:

現地時間1951(昭和26)年9月10日、ベネチア国際映画祭で黒澤明監督映画

羅生門

が、日本人として初めてグランプリにあたる金獅子賞を受賞しました。

  • 監督
    :黒澤明
  • 主演
    :三船敏郎
  • 配給
    :大映
  • 公開
    :1950(昭和25)年8月26日

同映画は、芥川龍之介の短編小説

  • 藪の中
  • 羅生門

を原作とし、橋本忍氏と黒澤明監督が手を加えたもので、

ある殺人事件の目撃者や関係者がそれぞれ食い違った証言をする姿をそれぞれの視点から描き、人間のエゴイズムを鋭く追及した作品となっております。

また、映画『羅生門』が海外の映画賞を受賞したことは、戦後劣勢とされていた日本映画が、世界で認められたこと自体大変な快挙で、受賞のニュースは戦後復興中の日本に

元気と活力と勇気を与える

こととなりました。

 

羅生門

羅生門』(らしょうもん)は、1950年公開の日本映画である。監督は黒澤明で、三船敏郎、京マチ子、森雅之などが出演した。原作は芥川龍之介の短編小説『藪の中』と『羅生門』。平安時代を舞台に、ある武士の殺害事件の目撃者や関係者がそれぞれ食い違った証言をする姿をそれぞれの視点から描き、人間のエゴイズムを鋭く追及しているが、ラストで人間信頼のメッセージを訴えた。

同じ出来事を複数の登場人物の視点から描く手法は、本作により映画の物語手法の1つとなり、国内外の映画で何度も用いられた。海外では羅生門効果などの学術用語も成立した。撮影担当の宮川一夫による、サイレント映画の美しさを意識した視覚的な映像表現が特徴的で、光と影の強いコントラストによる映像美、太陽に直接カメラを向けるという当時タブーだった手法など、斬新な撮影テクニックでモノクロ映像の美しさを引き出している。

第12回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞、第24回アカデミー賞で名誉賞(現在の国際長編映画賞)を受賞し、これまで国際的にほとんど知られていなかった日本映画の存在を、世界に知らしめることになった。また、本作の受賞は日本映画産業が国際市場に進出する契機となった。

 

あらすじ

平安時代の京の都。羅生門で3人の男たちが雨宿りしていた。そのうちの2人、杣売り(そまうり、焚き木の販売業者)と旅法師はある事件の参考人として出頭した検非違使からの帰途だった。実に奇妙な話を見聞きしたと、もう1人の下人に語り始める。

3日前、薪を取りに山に分け入った杣売りは、武士・金沢武弘の死体を発見し、検非違使に届け出る。そして今日、取り調べの場に出廷した杣売りは、当時の状況を思い出しながら、遺体のそばに市女笠、踏みにじられた侍烏帽子、切られた縄、そして赤地織の守袋が落ちており、そこにあるはずの金沢の太刀、女性用の短刀は見当たらなかったと証言する。また、道中で金沢と会った旅法師も出廷し、金沢は妻の真砂と一緒に行動していたと証言する。

まず、金沢を殺した下手人として盗賊の多襄丸が連行されてくる。多襄丸は、山で侍夫婦を見かけた際に真砂の顔を見て欲情し、金沢を騙して捕縛した上で、真砂を手篭めにしたことを語る。その後、凛とした真砂が両者の決闘を要求し、勝った方の妻になると申し出たことから、多襄丸は金沢と正々堂々と戦い、激闘の末に金沢を倒したという。ところが、その間に真砂は逃げており、短刀の行方も知らないと証言する。

次に真砂の証言が始まる。手篭めにされた後、多襄丸は金沢を殺さずに逃げたという。真砂は金沢を助けようとするが、眼前で男に身体を許した妻を金沢は軽蔑の眼差しで見据え、その目についに耐えられなくなった真砂は自らを殺すように懇願した。そのまま気絶してしまい目が覚めると、夫には短刀が刺さって死んでおり、自分は後を追って死のうとしたが死ねなかった、と証言した。語り口は悲嘆に暮れ、多襄丸の証言とはあまりにかけ離れていた。

最後に巫女が呼ばれ、金沢の霊を呼び出して証言を得る。金沢の霊曰く、真砂は多襄丸に辱められた後、彼に情を移し、一緒に行く代わりに自分の夫を殺すように求めた。しかし、その浅ましい態度に流石の多襄丸も呆れ果て、女を生かすか殺すか夫のお前が決めて良いと金沢に申し出た。それを聞いた真砂は逃亡し、多襄丸も姿を消し、一人残された自分は無念のあまり、妻の短刀で自害した。そして自分が死んだ後に何者かが現れ、短刀を引き抜いたが、それは誰かわからないと答える。

それぞれ食い違う三人の言い分を話し終えた杣売りは、下人に「三人とも嘘をついている」と言う。杣売りは実は事件の一部始終を目撃していたが巻き込まれるのを恐れ、黙っていたという。杣売りによれば、多襄丸は強姦の後、真砂に惚れてしまい夫婦となることを懇願したが、彼女は断り金沢の縄を解いた。ところが金沢は辱めを受けた彼女に対し、武士の妻として自害するように迫った。すると真砂は笑いだして男たちの自分勝手な言い分を誹り、金沢と多襄丸を殺し合わせる。戦に慣れない2人はへっぴり腰で無様に斬り合い、ようやく多襄丸が金沢を殺すに至ったが、自らが仕向けた事の成り行きに真砂は動揺し逃げだした。人を殺めたばかりで動転している多襄丸は真砂を追うことができなかった。

3人の告白は見栄のための虚偽であり、情けない真実を知った旅法師は世を儚む。すると、羅城門の一角でふと赤ん坊の泣き声がした。何者かが赤子を捨てていったのだ。下人は迷わずに赤ん坊をくるんでいた着物を奪い取ると、赤ん坊は放置する。あまりの所業に杣売りは咎めるが、下人はこの世の中において手前勝手でない人間は生きていけないと自らの理を説き、さらに現場から無くなっていた真砂の短刀を盗んだのが杣売りだったと指摘し、お前に非難する資格はないと罵りながら去って行った。

旅法師は思わぬ事の成り行きに絶望してしまう。と、おもむろに杣売りが赤子に手を伸ばした。一瞬、赤子の着物まで奪うのではと疑ってその手を払い除ける旅法師だったが、杣売りは「自分の子として育てる」と言い残し、赤子を大事そうにかかえて去っていった。旅法師は己の不明を恥じながらも、人間の良心に希望を見出すのだった。

 

キャスト

多襄丸:三船敏郎

都の内外に悪名が轟く盗賊。女好きとしても有名。真砂の美貌や気性の激しさに惹かれ、金沢夫婦を襲う。捕縛されても豪放磊落に振る舞い、自らの金沢殺しを誇るように語る。

金沢武弘:森雅之

死体で発見された旅をしている武士。言葉巧みに多襄丸に山奥まで連れて行かれ、木に縛られ、妻を手籠めにされる。巫女による降霊という形で証言を行なう。

真砂:京マチ子

金沢の妻。大人しく貞淑。夫と山中を行動していたところを多襄丸に襲われ犯される。多襄丸によれば凛としていたというが出廷した姿とその証言はか弱さを見せる。

杣(そま)売り:志村喬

金沢の遺体発見者。参考人として検非違使に出廷し、矛盾する3人の証言を聞く。実は事件自体を目撃しており、真相を知っているがために人間不信となっている。終盤では子供が6人いると語っている。

旅法師:千秋実

生前の金沢を目撃していたため、検非違使に呼ばれる。最終的に杣売りから真相を聞かされ、人間不信となるが、最後の杣売りの行動に希望を持つ。

羅生門」撮影中のスナップ。黒澤明、三船敏郎、そしてその他の主演俳優たち。

 

撮影と映像美

黒澤は本作でサイレント映画の持つ映像美にチャレンジし、視覚的なストーリーテリングに頼ることにした。黒澤はサイレント映画の美しさを考え直し、純粋な映画的手法を生かす方法を探すため、1920年代のフランスのアヴァンギャルド映画『ひとで(フランス語版)』『貝殻と僧侶(フランス語版)』などの手法を研究した。本作はその試みを実験する格好の素材となった。黒澤は次のように述べている。

私は、人間の心の奇怪な屈折と複雑な陰影を描き、人間性の奥底を鋭いメスで切り開いてみせた、この芥川龍之介の小説の題名『藪の中』の景色を一つの象徴的な背景に見立て、その中でうごめく人間の奇妙な心の動きを、怪しく錯綜した光と影の映像で表現してみたかったのである。— 黒澤明『蝦蟇の油』

宮川は「黒と白で、グレーのないような、コントラストの強い絵を撮りたい」と提案し、これに応じた黒澤は検非違使の庭を白、羅生門を黒、森の中を白と黒で撮るというイメージを固めた。宮川はこれまで得意とした、グレーの微妙なニュアンスで表現したローキー・トーンの画調を放棄し、黒と白を基調として中間のグレーを抑えるハイキー・トーンを採用した。さらにフィルムは当時主流のコダックフィルムを使わず、コントラストが出過ぎることで劣っていた国産のフジフィルムをあえて使用した。

森の中のシーンでは、光と影のコントラストの強い映像を作るため、宮川は初めて露出計を使用した。宮川はこれまで勘を頼りに撮影してきたが、光量が変化しやすい森の中の撮影に対応するため、進駐軍が持っていた露出計を手に入れた。また、強力な電気照明を持ち込めない暗い森の中で安定した光量を確保するため、宮川は「鏡照明」という手法を考案した。これは木の間からもれる太陽光を8枚の大鏡でリレーのように反射させて光を当てるという技法で、レフ板よりも太陽光を直接使ってコントラストの強い画調を作ることができた。さらに宮川は地上数メートルの高さに野球ネットを張り、その上に枝葉を適当に散らし、長い竹竿でそれを調節しながら、俳優の顔に木の葉の影がうまく当たるようにし、登場人物の精神状態を木の葉の影の微妙な変化で表現した。

本作では、カメラを太陽に向けるという大胆な撮影を行った。当時は太陽をじかに撮るとフィルムを焼くと考えられてタブーとされていたが、黒澤は多襄丸と真砂が接吻するシーンで、2人の接吻越しに太陽を入れるように注文した。宮川は2メートルの高さの台に2人を乗せ、カメラは地面を掘った穴から仰角で撮影し、2人の接吻のアップ越しに木の葉の間をもれる太陽を入れた。宮川は杣売りが森の中を歩くシーンでも、モンタージュ用に木の葉の間をもれる太陽のショットを撮影している。

三船演じる多襄丸が武弘を縛り付けたあとに真砂のもとへ駆けていくシーンでは、多襄丸の走りにスピード感を出すため、カメラを中心に円を描くように三船を走らせた。宮川はカメラが三船と等距離になるよう、カメラから延ばしたロープを三船に縛り付け、カメラごとぐるぐる回りながら撮影した。

 

ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞後とその影響

本作のグランプリの報は、敗戦で打ちひしがれていた日本人にとって、湯川秀樹のノーベル物理学賞受賞、古橋廣之進の競泳世界記録樹立などとともに希望と自信を与える出来事となった。また、敗戦国の国民として肩身が狭い思いをしていた海外在住の日本人にも大きな喜びを与えた。リヨンに留学していた遠藤周作は「ベニス映画祭で日本の作品がグランプリをとったというニュースほど、留学生を悦ばせたものはなかった。彼等が木と紙の家にしか住まず、地面の上に寝るとしか考えていない日本人の創造力が本当はどういうものかをこれによって証明できたからである」と書いている。ヨーロッパ在住のイサム・ノグチは本作を見て、ヨーロッパを威張って歩くことができたという。

大映社長の永田は、受賞報告を聞いて「グランプリって何や?」と聞き返したという。永田は本作に批判的な態度を取り、映画祭出品にも無関心だったが、受賞後は手のひらを返したかのように絶賛し、自分の手柄のように語ったため、周りから「黒澤明はグランプリ、永田雅一はシランプリ」と揶揄された。金獅子像も永田が手にして社長室に飾り、黒澤たち関係者にはレプリカを配った。受賞後、大映には欧米各国の配給会社から買付け申し込みが殺到し、アメリカはRKO、イギリスはロンドン・フィルム、イタリアはベロッティ・フィルムと契約を結んだ。

この受賞以来、日本映画には各国映画祭から出品要請が相次ぎ、日本映画の配給を要望する海外の映画会社も増えた。日本映画産業も海外市場に目を向けるようになり、「輸出映画」という言葉が業界用語となった。永田率いる大映も、受賞以降は海外市場開拓を積極的に進めるようになり、吉村公三郎監督の『源氏物語』や衣笠貞之助監督の『地獄門』、溝口健二監督の『雨月物語』などの海外受けを狙う芸術路線の大作映画を送り出し、そのうち数本が賞を受賞したものの、社運を賭けた大作主義に走り過ぎて疲弊したとされている。

黒澤はグランプリの受賞について、西洋人のエキゾチックなものに対する好奇心ではないかと指摘し、もっと日本の現実的な題材で賞を獲るべきだと主張している。

勿論、嬉しいことは嬉しい、嬉しいのですが、ただああいう作品ではなく、もっと今の日本の現実に触れた題材、例えば、『戦火のかなた』や『自転車泥棒』のような作品を作れて、それで入賞できたら、意義もあり、もっと嬉しくもあったでしょう。この判定には、だいぶエキゾチックなものに対する西欧の好奇心、いや、日本の苦しさに対する同情などもはいっているんじゃないでしょうか。その点では、この作品は却って外国向きだったかもしれませんが。— 「日本映画『羅生門』にヴェニス大賞輝く」より、黒澤明の談話

また、黒澤は受賞祝賀会で次のような発言をしている。

日本映画を一番軽蔑してたのは日本人だった。その日本映画を外国に出してくれたのは外国人だった。これは反省する必要はないか。浮世絵だって外国へ出るまではほんとに市井の絵にすぎなかったよね。われわれ、自分にしても自分のものにしても、すべて卑下して考えすぎるところがあるんじゃないかな? 『羅生門』も僕はそう立派な作品だとは思っていません。だけどあれはマグレ当りだなんて言われると、どうしてすぐそう卑屈な考え方をしなきゃならないんだって気がするね。— 「黒澤明、自作を語る」

 

海外での評価

アメリカでは、1951年12月6日にロサンゼルスのリトル・トーキョーにある日本映画専門館リンダ・リーで期間限定で上映された。現地にいた淀川長治によると、俳優のリー・J・コッブが連日観に通っていたという。その前の10月からRKOは大映と配給交渉を行い、リンダ・リーでの公開後に米国配給権を購入し、12月26日にニューヨークのリトル・カーネギー・シアターで正式にプレミア上映した。アメリカで日本映画が商業上映されたのは、1937年に成瀬巳喜男監督の『妻よ薔薇のやうに』が公開されて以来だった。同劇場だけで公開後3週間で3万5000ドルの興行成績を収めた。当時アメリカにいた三島由紀夫もニューヨークで本作を見ており、「知識階級のあいだでは『羅生門』の評判は非常なものである」と紹介した。

1952年の第24回アカデミー賞では、名誉賞(現在の外国語映画賞)を受賞したが、授賞式には黒澤をはじめ日本映画関係者がひとりも出席しなかったため、急遽代理で出席した在ロサンゼルス日本国総領事館総領事の吉田健一郎がオスカー像を受け取った。翌1953年の第25回アカデミー賞でも、美術監督賞 (白黒部門)で松山崇と松本春造がノミネートされ、授賞式には淀川長治が出席した。

海外の映画批評家の多くは、本作に対して好意的な評価をしている。ニューヨーク・タイムズ紙のボズレー・クラウザーは「この映画が持つパワーのほとんどは、黒澤監督が用いたカメラワークの素晴らしさに由来している。撮影は見事で、映像の流れは言葉にできない表現力がある。音楽や効果音も見事であり、役者たちの演技も刺激的だ」と評した。ロジャー・イーバートは本作に最高評価の星4つを与え、自身が選ぶ最高の映画のリストに加えている。映画批評集積サイトのRotten Tomatoesには55件のレビューがあり、批評家支持率は98%で、平均点は9.22/10となっている。Metacriticには18件のレビューがあり、加重平均値は98/100となっている。

海外の映画監督からも高い評価を受けている。2012年にBFIの映画雑誌サイト・アンド・サウンドが発表した「史上最高の映画ベストテン」の監督投票で、ウディ・アレン、ロイ・アンダーソン、アスガル・ファルハーディーなどがベスト映画の1本に投票した。サタジット・レイは「その映画が私個人に与えた影響は、光の使い方であった。私はその映画を3日間立て続けに見たが、そのたびに、いったいほかのどこに、映画制作の一切の面で、これほどまでに監督の指揮がゆきとどき、きらめいている作品であるだろうかと思った」と評価した。

 

羅生門 予告篇

 

 

 

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